2018-12-06 第197回国会 参議院 外交防衛委員会 第7号
本当に、その後、私の先輩でもあります大木金太郎、キム・イルって金の一と書くんですが、世界選手権を取って、この人も韓国では大英雄になりまして、そんな中で、ちょうど当時は朴正煕ですかね、大統領も就任された時代、そういう歴史をちょっとひもといてみますと、今の日韓関係も、あるいは北朝鮮もそうなんですが、一つ、是非、我々の時代であったことをここでお話をさせていただきました。
本当に、その後、私の先輩でもあります大木金太郎、キム・イルって金の一と書くんですが、世界選手権を取って、この人も韓国では大英雄になりまして、そんな中で、ちょうど当時は朴正煕ですかね、大統領も就任された時代、そういう歴史をちょっとひもといてみますと、今の日韓関係も、あるいは北朝鮮もそうなんですが、一つ、是非、我々の時代であったことをここでお話をさせていただきました。
○アントニオ猪木君 プロレスと政治という部分で委員会でも話をしたこともありますが、力道山の話はしましたし、大木金太郎という私の先輩がいるんですが、頭突きの金太郎という、大変彼は韓国で、もう亡くなられましたが、英雄で、WWAでしたかね、チャンピオンになって国民的英雄になって、若い人はともかく、古い人はほとんどの人が、金一というと、ああそうかと分かるくらいで、私が一回ソウルで戦いをしたときに、とにかく金一
もう一つは、私の場合、力道山という、北朝鮮の生まれであり、また大木金太郎という、金一という選手が韓国でも英雄でありまして、先日、大木金太郎さんのドキュメンタリーテレビを作るということでインタビューに来られまして、そんな関係でスポーツ交流を今後も頑張って続けていこうと思っております。 そこで、最後に岸田大臣のお言葉を、日韓関係の問題について、また重複しますが、よろしくお願いします。
また、韓国の英雄であった金一、日本名では大木金太郎といいます。彼は力道山の門下生で、私の兄弟子であり、朴槿恵大統領のお父さんである朴正熙大統領が大木さんの後援会長を務めていました。 また、私自身もかつて、南北会談実現のために、韓国政府から依頼を受けて北朝鮮に親書を持っていったことがあります。以前も申し上げましたが、北に日本の拉致担当大臣の親書を持っていったこともあります。